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広島地方裁判所呉支部 昭和44年(ワ)19号の1 判決

原告 ロイヤル・ナシヨナル・バンク・オブ・ニユーヨーク

被告 大阪府

主文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実

第一、当事者の申立

一、原告

1、広島地方裁判所呉支部昭和四三年(ケ)第三三号船舶任意競売申立事件につき、同裁判所が昭和四四年二月六日に作成した別紙配当表〈省略〉中、被告に対する順位二番の配当額として「金一六、〇〇〇、〇〇〇円也 但し海難救助費用、金三〇九、〇四一円也 但し右金員に対する昭和四三年九月一九日から同四四年二月六日まで年五分の割合による遅延損害金、合計金一六、三〇九、〇四一円也 右大阪府に交付す」との記載部分を削除して右金額を原告に対する配当額に加算する旨更正する

2、訴訟費用は被告の負担とする

との判決を求める。

二、被告

主文同旨の判決を求める。

第二、当事者の主張

一、原告の請求原因

1、原告は、前記肩書地に本店を有し銀行業務に従事するアメリカ合衆国法人であるが、訴外ブリストル・ステイームシツプ・コーポレーシヨンに対し、手形貸付による貸金残額債権金三六、〇〇〇、〇〇〇円とこれに対する昭和四〇年九月二六日から同四四年二月六日までの利息金債権金七、二八四、八五〇円および右債権を被担保債権として、右訴外会社所有の汽船デルフイニー号(総屯数七、二三五屯、純屯数四、四四一屯、船籍港パナマ)の上に、順位一番の船舶抵当権を有する。

2、原告は、昭和四四年一月一四日に広島地方裁判所呉支部に対し、右抵当権に基くデルフイニー号の競売を申立てたところ、右事件は、それに先立つてなされた被告の船舶先取特権に基く競売申立事件(同裁判所昭和四三年(ケ)第三三号)の記録に添付された。

3、昭和四四年二月六日同裁判所の配当期日において、原被告らに対し別紙配当表が展示された。同配当表には、被告に対し順位二番として合計金一六、三〇九、〇四一円を、原告に対し順位五番として合計金一四、六〇六、一三一円を、それぞれ交付する旨記載されている。

4、然し、被告は何ら債権および船舶先取特権を取得していないので、原告は右配当期日において、被告に対する配当額につき異議を述べた。

二、請求原因事実に対する被告の答弁および抗弁

(答弁)

原告の請求原因事実は、被告が何ら債権および船舶先取特権を取得していないとの点を除いて、すべて認める。

(抗弁)

(イ) 被告は、次のとおり、海難救助に基く債権および船舶先取特権を有する。

1、本件デルフイニー号(以下本件船舶という)は、大阪府貝塚市二色の浜海岸の砂浜に座州していたところ、昭和四三年七月二七日午前に折からの台風四号の前ぶれの強風にあおられて動き出し、その向きを変え、堤防に接岸するに至り、岸壁に衝突したり横倒しになつたりして本件船舶が破壊される危険は極めて高かつた。幸いにして、台風四号は四国、広島方面を通過し、しかもその勢力が弱まつていたので、本件船舶の毀損は生じなかつた。ところが、被告は約一月後、台風一〇号の接近を控えて同年八月二四日早朝大阪湾に異常高潮が生ずるとの情報を事前に入手したので、このままでは、又本件船舶が異常高潮により岸壁に衝突し、又は横倒しになる危険があると判断した。

2、そこで被告は、訴外深田サルベージ株式会社をして、同日早朝約八〇人の作業員と数隻のタグボートを使つて本件船舶を浮上のうえ沖合に曳航せしめた。そして、大阪湾は例年八月末から台風シーズンに入り、極めて危険性が高いので、本件船舶をその後繋留しておく場所としては、名港として名高い広島県下の呉港を選び、前記深田サルベージ株式会社をして本件船舶を右呉港まで曳航させ、同港内に繋船させた。

3、以上の作業のため、被告は右深田サルベージ株式会社に対し、金一六、〇〇〇、〇〇〇円を支払つた。

4、よつて、被告は本件船舶の船主である訴外ブリストル・ステイームシツプ・コーポレーシヨンに対する金一六、〇〇〇、〇〇〇円の海難救助料請求権と右金員に対する支払期限の翌日である昭和四三年九月一九日から同四四年二月六日迄民法所定年五分の割合による遅延損害金債権および右債権を被担保債権とするパナマ海商法第一、五〇七条第二号に基く船舶先取特権をそれぞれ取得した。

(ロ) 仮に、被告の行為が海難救助に当らないとしても、被告は本件船舶の船主である前記訴外会社に対し、同会社又は本件船舶の船長パンテリス・ジー・グーテイスの不法行為による同金額の損害賠償請求権を取得した。

三、抗弁事実に対する原告の答弁および再抗弁

(答弁)

抗弁事実はすべて争う。本件船舶に対する被告主張の危険は存在しなかつた。即ち、昭和四三年七月二七日、台風四号の前ぷれの風で動き出した本件船舶に対し、大阪府岸和田港修築工営所は、消防車四台によつて本件船舶の船底に同日一、五〇〇トン、翌二八日一、〇〇〇トンの海水を注入した。これによつていわゆる「船固め」が行われた本件船舶は、台風四号の風による影響も受けず、座州したままの状態で動かなかつたのである。従つて、その後、本件船舶が多少の異常高潮によつて動き出す可能性はなく、同年八月二四日当時において、本件船舶に滅失、毀損の危険はなかつた。

又、被告主張の行為は、海難救助として行われたものではない。即ち、被告より本件船舶の船主等に対し、昭和四三年七月一八日付で「被告が管理する二色港の港湾水域の一部を本件船舶が不法に占有している」との理由により、港湾法第三七条の三第二項に基く撤去命令が出され、続いて同年八月二四日には、行政代執行法第二条、第三条第三項に基き、右撤去命令の代執行として、被告が訴外深田サルベージ株式会社をして本件船舶を離州、曳航せしめたものである。従つて、被告には、本件船舶の海難を救助する意思、目的はなかつた。

なお、本件船舶については、既に昭和四二年一二月二〇日船主である前記訴外会社によつて廃船決定がなされ、更に翌四三年一月二四日には名村造船所において最終的な廃船決定がなされ、それ以後、船主としては本件船舶を船舶として航海の用に供することをやめた。従つて、右日時以後においては、本件船舶に航海なるものは存在せず、被告主張の救助行為は、パナマ海商法第一、五〇七条第二号にいわゆる「最後の航海により生じた救助」に該当しない。

(再抗弁)

1、仮に被告主張の行為が海難救助に当るとしても、右行為は本件船舶の船主ないし船長の正当事由による反対を無視してなされたものであるから、被告は救助料を請求できない(商法第八〇九条第二号)。

2、仮に被告に救助料請求権があるとしても、被告主張の救助料は過大であるから、減額されるべきである(商法第八〇一条)。即ち、被告は、訴外深田サルベージ株式会社をして、本件船舶を二色の浜から離州せしめた後、長途呉港迄曳航せしめて不要の曳航費を支払つたものである。

四、再抗弁事実に対する被告の答弁

すべて争う。

第三、証拠〈省略〉

理由

第一、先ず、本件の準拠法について考察する。

(一)  法例第一一条第一項は「事務管理、不当利得又ハ不法行為ニ因リテ生スル債権ノ成立及ヒ効力ハ其原因タル事実ノ発生シタル地ノ法律ニ依ル」と規定しているところ、被告主張にかかる海難救助の法律的性質は、右事務管理ないしそれに準ずるものと解され、又、被告が本件船舶を救助したと主張する大阪府貝塚市二色の浜海岸が、日本国内であることは明らかである。従つて、被告主張の海難救助ないし不法行為に基く債権の成否および効力については、我国商法ないし民法にてらしてこれを判定すべきものである。

(二)  我国商法は、海難救助料請求権につき物権的効力ある船舶先取特権を認めているが(商法第八四二条第五号)、成立に争いのない乙第六号証によれば、本件船舶の船籍国であるパナマ共和国においても、最後の航海により生じた救助料請求権につき、我国と同趣旨の規定を置いていることが認められる(同国の海事法第一、五〇七条第二号。なお、本件船舶の船籍港がパナマであることは、当事者間に争いがない)。そこで、前記債権を被担保債権とする船舶先取特権の成否および効力については、法例第一〇条により、本件船舶の旗国地法たるパナマ共和国海事法によるべきものと解するのが相当である。

第二、原告主張の請求原因事実は、被告が被担保債権および船舶先取特権を取得していないとの部分を除き、当事者間に争いがない。そこで、被告の抗弁について判断する。

(一)  先ず、本件船舶が、海難救助について規定する我国商法第八〇〇条にいわゆる「船舶」に該当するか否かにつき判断するに、証人パンテリス・ジー・グーテイスの証言によれば、本件船舶は銑鉄を積んで国外より我国に到着したことが認められ、右事実と成立に争いのない乙第一六号証の四、五、第一九、二〇号証を併せ考えると、本件船舶が海上運送に従事する貨物船であることが推認でき、他方、本件船舶が訴外ブリストル・ステイームシツプ・コーポレシヨンの所有にかかる汽船であることは、当事者間に争いがない。以上の事実によれば、商法第六八四条にてらし、本件船舶が前記法条にいわゆる「船舶」に該当することが認められ、右認定に反する証拠はない。

(二)  そこで、昭和四三年八月二四日当時、本件船舶が海難に遭遇したか否かにつき検討する。

何れも成立に争いのない乙第一〇号証の四、六、七、第一二号証の一、二、第一八ないし第二〇号証に証人パンテリス・ジー・グーテイス、同脇地修一郎、同合田勉、同河野通弘の各証言を綜合すると、次の事実が認められる。

1、本件船舶は、昭和四二年八月一九日に銑鉄を積んで国外より室蘭港に到着し、その後、大阪港および兵庫県の広畑港で積荷を陸揚げして空船となつた後、翌四三年一月二一日に至るまで、右広畑港に停泊した。その間、船主の指示により、本件船舶の乗組員は下船することとなり、昭和四二年九月五日に船長および二、三名の乗組員を残して他の者は下船し、翌一〇月には右下船した者らはそれぞれ本国に帰つてしまつた。そして、昭和四三年一月二三日ごろ、本件船舶は広畑港を出て大阪港に向い、修理費用見積りのため、一時名村造船所のドツクに入つた。その後、右ドツクを出て再び大阪港に停泊したが、この時には燃料も乏しくタグボートにひかれて移動した。そして、右見積りの出来るのを待つうち、同年二月一五日に強風にあおられて錨鎖が切れ、大阪港から貝塚市二色の浜海岸まで標流し、海岸線に平行する形で同海岸に擱坐した。同月一七日に右名村造船所から本件船舶の修理見積書が出されたが、それによると、本件船舶の修理には、三一、〇〇〇ドルを要するとのことであつた。

2、本件船舶は、その後も右海岸に擱坐したままであつたが、その間、残つていた二、三名の乗組員も帰国してしまい、残るは船長のみとなつた。そうするうち、同年七月二七日には台風四号の影響による強風のため位置を移動し、約九〇度向きを変えて、前記二色の浜海岸南端に設けられた見出川導流堤(堤防)に沿い殆ど密着して座州するに至つた。そこで、同海岸を管理する被告の岸和田港修築工営所は、同日および翌二八日にわたり、消防車によつて本件船舶内に海水約二、五〇〇トンを注入して船の安定をはかつた。

3、同年八月二三日から二四日にかけては、大阪湾において平常潮位を三六センチメートルも上まわる異常高潮のうえ、日本海に発達した低気圧があり、一方太平洋上には中心気圧九八五ミリバールの台風一〇号が沖縄附近から北上しつつあつた。例年この季節には、大阪湾を含めた近畿地方は、よく台風が通過するコースであるので、当時も、数日後には台風一〇号の影響で、暴風雨や高潮が大阪湾一帯を襲う虞れが強かつた。当時、本件船舶は、船首から約三分の二の部分が海底の砂および勾配のついた前記導流堤の下部斜面にのり上げ、船尾の部分は、海底の砂に接触はしていたが、くいこんではいなかつた。なお、本件船舶の手前には、砂浜をへだてて前記導流堤とほぼ直角に(つまり海岸線に平行して)、コンクリート製の防潮堤が設置されている。

おおよそ以上の事実が認められ、右認定に反する証拠はない。そして、本件船舶が総屯数七、二三五屯、純屯数四、四四一屯の汽船であることは、当事者間に争いがない。

そこで、以上の事実を綜合して考えると、昭和四三年八月二四日当時、本件船舶は船底に約二、五〇〇トンの海水を注入されたまま、二色の浜海岸に擱坐していたが、折から接近しつつあつた台風一〇号のもたらす暴風、高潮により押し流されて漂流を始め、前記導流堤或は防潮堤に激突して破損、転覆し、又は堤防等に衝突しないまでも海岸にのり上げて転覆、破損する等の虞れがあり、しかも、当時本件船舶内には乗組員が一人もおらず、燃料も殆どない状態であつたから、右のような危険を自力で克服することが全く不可能であつたことは明らかである。従つて、右日時において、本件船舶は海難に遭遇したものと認められる。

原告主張の「船固め」の点は、前認定のとおり、海水約二、五〇〇トンを注入したことが認められるけれども、証人河野通弘の証言によれば、それは本件船舶の重量、擱坐状況にてらし、本件船舶の移動をある程度抑制するだけの一時的応急措置にとどまることが認められるから、右海難に関する認定を左右するものではない。

(三)  何れも成立に争いのない甲第一号証、乙第八、第一三号証に証人パンテリス・ジー・グーテイス、同脇地修一郎、同合田勉、同河野通弘の各証言を考え合わせると、被告はサルベージ業者である訴外深田サルベージ株式会社に本件船舶の救助を請負わせ、右訴外会社は昭和四三年八月二四日早朝、多数の作業員と起重機船および数隻の曳船を用いて、本件船舶を浮上せしめたうえ二色の浜沖合にひき出し、同日岸和田港に繋留したこと、同月二六日に二隻の曳船にひかせて同港を出発し、同月二八日に広島県の呉港に入港し、繋留したこと、以上の作業のため被告より右訴外会社に対し金一六、〇〇〇、〇〇〇円を支払つたことが認められ、右認定に反する証拠はない。以上の事実によれば、被告の行為は功を奏したものであるから、海難救助に該当する(岸和田、呉間の曳航が、それに含まれるか否かの点は後述)。

ところで、成立に争いのない甲第一〇ないし第一三号証に証人パンテリス・ジー・グーテイス、同脇地修一郎、同合田勉、同河野通弘の各証言を綜合すると、被告が前記訴外会社に請負わせて本件船舶のひき下ろしをさせたのは、本件船舶の船主である訴外ブリストル・ステイームシツプ・コーポレーシヨン(以下船主会社という)が港湾法第三七条の三第二項に基く原状回復義務(即ち、障害物としての本件船舶を撤去する義務)を任意に履行しないため、被告において行政代執行法第二条、第三条第三項による代執行として行なつたことが認められる。原告は、この点をとらえて、被告の行為は海難救助たり得ないと主張するのであるが、証人脇地修一郎、同合田勉、同河野通弘の各証言を併せ考えると、被告は行政代執行法による本件船舶の撤去という手続に依りながらも、同時に、前認定のような危険にさらされた本件船舶を安全な海域に曳航するという救助の意思の下に、深田サルベージ株式会社をして前記の作業をなさしめたものであることが認められる。手続的に行政代執行という形式をとつたとしても、客観的に海難救助の成立要件を満す限り、被告の行為を海難救助というを妨げない。

(四)  ところで、我国商法が救助料請求権の発生時期につき別段の限定を設けず、唯、優先順位について発生時の後のものが前のものに優先する旨定めるにとどまる(商法第八四二条第五号、第八四四条)のに対し、パナマ海事法は、冒頭に認定したとおり、「最後の航海により生じた」救助料請求権についてのみ船舶先取特権を認めている。従つて、被告の救助が本件船舶の最後の航海により生じたものか否かについて、併せてここで検討することとする。

右にいわゆる最後の航海とは、船舶競売申立時を基準として、それ以前の航海のうち右基準時に接着する航海を指すものと解されるところ(我国商法第八四二条第八号参照)、証人パンテリス・ジー・グーテイスの証言によれば、前認定のとおり、パナマを船籍港とする本件船舶は、銑鉄を積んで国外より室蘭港に入港し、大阪、広畑両港で積荷を陸揚げして空船となつて後、広畑港より大阪港に向い、船主の指示により一旦ドツクに入つて船体の検査をした後、修理費用の見積りができるまで大阪港で停泊するうち、強風により漂流を始めて貝塚市二色の浜海岸に擱坐したことが認められ、右認定に反する証拠はない。以上の事実を綜合して考えると、航海の範囲を広狭いかに解するにせよ、本件船舶が大阪港より漂流を始め、二色の浜海岸に擱坐した時点においては、本件船舶は未だ航海の継続中であつたと解されるから、被告の救助は、本件船舶の最後の航海により生じたものということができる。

なお、この点に関し、原告は、本件船舶については被告主張の救助以前に既に「廃船決定」がなされていたから、それ以後、本件船舶について航海はあり得ない旨主張するのであるが、成立に争いのない甲第一号証によつては、未だ右廃船決定のなされたことを認めるに足りず、他にこれを認め得る証拠はない。

第三、進んで原告の再抗弁について判断する。

(一)  原告は、被告の海難救助は、本件船舶の船主ないし船長の正当事由に基く反対を無視してなされたものであるから、被告は救助料を請求できないと主張する。

成立に争いのない甲第一、第二号証に証人パンテリス・ジー・グーテイス、同脇地修一郎、同合田勉、同河野通弘の各証言を併せ考えると、昭和四三年八月二三日に本件船舶の船主会社代理人より被告代理人に対し、本件船舶のひき下ろしを一、二日待つて貰いたい旨の申入れがあつたこと、被告は、当時の気象条件、海面の状況等を考慮したうえ、翌二四日早朝前記深田サルベージ株式会社をして本件船舶のひき下ろしを実施させたことが認められ、右認定を左右するに足りる証拠はない。以上の事実によれば、右日時における被告の海難救助に対し、訴外船主会社はこれを拒絶する意向を表明したものということができる。従つて、問題は、右拒絶につき正当の事由があつたか否かに帰するが、本件全証拠にてらしても、正当事由のあつたことを認めるに足りる証拠はない。反つて、成立に争いのない前示甲第一、第二号証に証人パンテリス・ジー・グーテイスの証言(但し後記措信しない部分を除く)、証人合田勉、同河野通弘、同脇地修一郎の各証言を綜合すると、前記船主会社代理人からの申入れは、一両日中に本件船舶を売却し、買主をして早急にひき下ろしをさせるから、ということを理由とするものであつたが、具体的な買主も判明せず、本件船舶をひき下ろす確実な見込も立つていなかつたこと、他方台風一〇号が接近しつつあつた当時の気象条件、潮位の関係等から本件船舶に対する前認定のような危険が予想されたこと、八月二四日の高潮位を逸すれば、救助作業に困難を生じ、次回の高潮位までには台風の襲来する虞れがあつたことが認められ、証人パンテリス・ジー・グーテイスの証言中、右認定に反する部分は措信できない。以上の事実によると、前記船主会社の拒絶には、正当な理由のなかつたことが認められる。

(二)  そこで救助料額について判断する。

1、被告が訴外深田サルベージ株式会社に対して本件船舶のひき下ろしおよび曳航を請負わせた費用として、金一六、〇〇〇、〇〇〇円を支払つたことは、先に認定したところである。ところで、何れも成立に争いのない乙第八号証、第一三号証に証人脇地修一郎、同合田勉の各証言を併せ考えると、右金額には、本件船舶を二色の浜海岸よりひき出して一旦岸和田港に繋留した後、更に二隻の曳船により本件船舶を呉港まで曳航した費用も含まれていること、右岸和田、呉間の曳航費は、曳船二隻につき一日金六〇〇、〇〇〇円の割合で八月二六日午後三時から同月二八日午前四時まで、延べ三七時間を要したことが認められる。

2、海難救助は、海難に遭遇せる船舶を相対的安全の地位に誘致するをもつて足ると解されるから、これを本件についてみるに、被告が訴外深田サルベージ株式会社に請負わせて、二色の浜海岸に擱坐中の本件船舶をひき下ろし、最寄りの岸和田港まで曳航せしめた時点をもつて、被告の海難救助は完了したものとみるべきである。けだし、当時本件船舶には乗組員が一人も乗船しておらず、かつ、燃料も殆どなかつたことは先に認定したとおりであるが、一部の錨が使用可能であり、又右岸和田港には繋留施設が備つているのであるから、同港に本件船舶を停泊せしめることによつて、台風襲来による船体の滅失、毀損の危険を一応は回避し得ると考えられるからである。従つて、岸和田港から呉港まで本件船舶を曳航するに要した費用は、救助のための費用ではないと云わねばならない。

3、救助料額算定に当つては、被告が救助のために実際に支出した費用のほか、危険の程度、救助の結果、救助のために要した労力その他一切の事情を斟酌すべきものとされているが(商法第八〇一条)、これまでに認定した事実を綜合して考えると

(イ) 証人脇地修一郎、同合田勉の各証言を併せ考えると、訴外深田サルベージ株式会社の見積りにかかる金一六、〇〇〇、〇〇〇円なる金額は、サルベージ業者数社に入札させたうちで最も低額であつただけでなく、業界の相場と比べても相当に低い金額であつたこと、同訴外会社が実際に作業を実施したところ、ようやく収支相償う程度であつたと認められること

(ロ) 被告主張の救助料は、右金額と同一であつて、右訴外会社に支払つた費用の支弁のみを求めるものであること

(ハ) 被告は、本件船舶の救助作業を専門のサルベージ業者である右訴外会社に請負わせて実施し、自らは格別の危険に遭遇しなかつたと認められること

(ニ) 競売の結果からみて、本件船舶の救助当時における価格は大体三九、〇〇〇、〇〇〇円前後と認められること(競落価格は当裁判所に顕著な事実である)

(ホ) 本件船舶が二色の浜海岸に漂着して以来、救助に至るまで、台風シーズンを控えて被告は船主会社との連絡やサルベージ業者との接衝等に種々労力を費したばかりでなく、本件救助に先立つて本件船舶内に海水約二、五〇〇トンを注入して一時的応急措置を講じていること

等の事情が認められ、その他本件に顕れた一切の事情を斟酌すると、前項記載のように本件船舶の岸和田、呉間曳航費用が救助費用としては認められない点を考慮しても、なおかつ、被告主張の金一六、〇〇〇、〇〇〇円は、本件船舶の救助料として相当な金額であると認められる。

第四、以上の次第で、原告主張の再抗弁はすべて理由がないから、その余について判断するまでもなく、被告は訴外船主会社に対し、金一六、〇〇〇、〇〇〇円の救助料請求権を有することになる。

第五、又、右金員に対する遅延損害金については、成立に争いのない甲第一号証によれば、本件救助後の昭和四三年九月九日、被告代理人より訴外船主会社宛、金一六、〇〇〇、〇〇〇円を同月一八日までに支払うよう催告したことが認められるから、右期限経過と共に船主会社は遅滞に陥つたものである。

第六、冒頭に述べたように、右債権を被担保債権とする船舶先取特権の成否および効力については、パナマ海事法に従つてこれを判定すべきものである。

成立に争いのない乙第六号証によれば、パナマ海事法第一、五〇七条は、最後の航海により生じた救助料請求権を被担保債権とする船舶先取特権の成立を認め(同条第二号)、かつ、右先取特権は船舶抵当権(同条第七号)に優先する旨規定していることが認められる。従つて、右法条により、被告は原告に優先して本件船舶の売却代金の中から、前認定にかかる救助料金一六、〇〇〇、〇〇〇円およびこれに対する支払期限の翌日である昭和四三年九月一九日から同四四年二月六日まで民法所定年五分の割合による遅延損害金三〇九、〇四一円の支払を受けることができる。

第七、以上に述べたところから、配当表の更正を求める原告の本訴請求は理由がないからこれを棄却することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八九条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 平井哲雄 松田延雄 大東一雄)

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